2011年01月04日

刺される女(3)刺す親子

刺される女(3)刺す親子

今度の客は親子だ。母親と遊び盛りの男の子。私はナイフを何本も刺された痛みでもうろうとしながらそれでも気力をふりしぼって客を見る。

親子ではしゃいでいる。その会話が聞こえる。どうやら今日は、仲良しの母親たちのグループがその子供を連れてきているらしい。母親たちが、子供にこの遊びの楽しさを教えるために連れてきたらしい。

ねーママ。本当に刺していいのー?

いいのよ。あんたももう、こいつを刺す楽しさを覚えてもいい歳ごろよ。

でも、人を刺すのは悪いことじゃないの?

そうよ。人を刺すのは悪いことよ。絶対しちゃ駄目。人は刺したら死んじゃうでしょ。でもこいつは刺しても死なない。不死身。そんなの人間じゃないの。化け物なの。だから刺してもいいのよ。

化け物だったら刺していいの? 犬や猫は刺しちゃ駄目なんでしょ?

犬や猫は悪いことしてないでしょ。でもこいつは悪い化け物だから縛り付けてみんなでおしおきしてるの。だからこいつを刺すのはいいことなのよ。

でもこいつ泣いてるよ。やっぱり化け物でも刺されると痛いのかな。ちょっぴりかわいそう。

駄目よ。騙されちゃ駄目。こいつは人間そっくりに化けて、痛がったり泣いたりして騙そうとしてるの。おしおきが嫌だから騙そうとしてるの。あんたは騙されるようになっちゃ駄目よ。嘘と本当を見分けられるようになりなさい。

うん。僕騙されないよ。こいつは嘘泣きだ。嘘つくやつはおしおきだ。

そうよ。えらいわね。嘘つきはおしおきよ。だからあんたも嘘はつかないようにしなきゃね。

うん!

うううううううこの母親は!

何を、何を言ってるんだ。子供に何てことを教えてるんだ。

私は人間だ。化け物じゃない。不死身でも、他は何も変わらない。ただの人間だ。

刺されると痛いんだよ。刺されるのは怖いんだよ。辛いんだよ。化け物よばわりされるのは辛いんだよ。

見ればわかるだろ。人間なら見ればわかるだろ。

そう。こいつら大人はわかっている。私が不死身以外ただの人間だとわかっている。

なのに知らないふりをする。自分が私を刺す楽しみを正当化するために。残酷なことを楽しみたいけど、残酷でないまともな人間だと思われたいために。

許せないけどそこまではまだいい。よくないけどまだいい。

でも、それを子供に教えるのは許せない。

何も知らない子供に、嘘を並べ立てて残酷なことを教えるのが許せない。

私は何も悪いことをしていない。なのに悪いことをしたからおしおきを与えるだと。

そうやって、本当に悪いかどうかは二の次で、ただおしおきを正当化するために悪者にする。

この子は鵜呑みにしてしまっているじゃないか。この子はこれからも、誰かが悪者だという人を悪い奴だと決めつけるようになる。

悪い奴にはおしおきしていいだと。

そうして人を傷つけることを正当化する。

この子はこれからも、誰かが悪者だと決めつけた人を、おしおきと称して傷つける。それが平気で、楽しいと思うようになる。

そうして成長し、そのまま大人になり、自分の子供にまた教えるんだ。

もっともらしい理由をつければ誰を傷つけてもよいと、本気で信じるようになる。

いや、違う。

大人になれば、いかにそれが間違っているかわかる。理解できるようになる。

でもまだ信じ込んでいるふりをする。間違いに気づいてないふりをする。

だって楽しいから。人を傷つけるのはとても楽しいから。

嘘を信じているふりをすれば、これからもその残酷な行為を楽しめる。

嘘に気づいたことがばれたら、まわりのみんなに疎まれ自分が残酷な行為の対象にされる。

そう。選択肢はないのだ。

自分が被害にあわないために、嘘に気づいてないふりをし続けなければならない。

自分が楽しむために、嘘に気づいてないふりをし続ける。

そうしてみんな、嘘を信じているふりをし、自分の子供にその嘘を教える。

それが安全に生きるための知恵だと思っている。

どうしようもない。自分の子が被害者にならないためには、加害者になるしかない。みんなと同じ、加害者になれるように教育するしかない。

理屈ではわかる。理解できる。

でも。それでも。

間違っている。

間違っているだろう。しては駄目だろう。人間として、しては駄目だろう。

残酷さを理解し、それが悪いことだとわかる人間だけが、理性でそれをしないことを選べる。

それが人間だ。人間はそうあるべきなんだ。

他人の痛みを知り、それを与えるのをしない。それが人間なら出来るだろう。

なのに。あああ。もう。

この子はすっかり母親に騙され、私を刺す気まんまんだ。

してはいけない残酷なことを、してもいい楽しいことだと思いこまされてしまった。

私を刺したらもう戻れない。この子はもう戻れない。

残酷なことがどれだけ楽しいかを知ったらもう二度とまともに戻れない。歪んでしまったらもう戻れない。

私は、刺される恐怖だけでなく、この子の一生が歪んで駄目になってしまったことを嘆いて目をつむり涙を流した。

(完)

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マリオネット契約(3)プライバシー

マリオネット契約(3)プライバシー

この理想世界において、プライバシーの概念は消失している。

プライバシー。個人が自分の知られたくないことを他人に知られない権利。

昔は個人のプライバシーを尊重していた。たしかにそれはよいことだった。人はみな、他人に知られたくないことが多かった。

なぜか。他人はそれを知ればそれを理由に迫害してくるからだ。

人に知られたくないことというのは知られれば弱みとなる。その点を中傷され、馬鹿にされ、笑われた。

そしてひどく傷つき、苦しむ。人はそれを恐れ、プライバシーを尊重するべきだとした。

だが、これが間違いだった。

プライバシーが弱みだということは、それを知られれば弱みを握られるということだ。弱みを握られた人間は、それで脅され利用される。

人は他人のプライバシーを知りたがった。はじめは単なる興味本位だ。好奇心として知りたがる。

しかし知ったその内容が、恥ずかしいもの、人に知られたくないものだったとき、人はそれを使って自分の残酷な楽しみを満たそうとする。

人間は生物の本能として他者を傷つけるのを楽しむ性質がある。だから他人を傷つける手段と理由の両方を兼ねたプライバシーというものは、とても危険なものだった。

人が何かに興味を持つのは、根本的には本能に基づくものだ。知的好奇心に基づくものではない。

興味を持ち、それを知り、それを利用し、自分を成長させる。

成長はよい変化でありすなわち進化である。進化は他の生物より優れるためでありすなわち他の生物を傷つけ殺し自己を生き残らせるためである。

だから人が他人のプライバシーに興味を持つのは、それを知り利用しその相手を傷つけ苦しめたいからなのだ。

これは昔の人々が証明している。昔の人は他人のスキャンダルや事件や不幸や秘密に異常な関心を示していた。ニュースでも新聞雑誌などでもそれらに関するものが異常に好まれた。

それらを知った人の一部が、その対象の人を攻撃した。批判し、中傷し、迫害し、傷つけ苦しめた。それを楽しんだ。

今はそれらは他人を不幸にする犯罪なので誰もしないが、昔は犯罪ではなかったのでみんなそれを楽しんだ。

あろうことか、たとえ事件の被害者にすぎない人たちでさえ迫害の対象になった。ただその不幸が他人に知られたというだけで攻撃の理由としては十分だった。

何かがあれば攻撃の理由にできる。何もなければ攻撃できない。ただそれだけだった。

今の人間は、それがどれだけ異常で残酷なことかわかっている。人のプライバシーを、攻撃の理由にさせてはいけない。

そのために、プライバシーの概念をなくすことにした。

人は、どのような性質、行動でもそれを攻撃の理由とする。攻撃されないために隠す。それを明確な権利としたのがプライバシー。

ここが根本的に間違っていた。正確には間違いではなくよい方法のひとつではあったが、失敗した。

人は、プライバシーを守りきれなかった。

プライバシーを侵され秘密を知られた人間は、それを理由にあらゆる攻撃を受けた。黙っていてほしかったら言うことを聞け、親や知人に知られたくないだろと。

単純に、それを理由に馬鹿にしたりいじめたりだけではなかった。金品を強要し、身体を強要し、その心を破壊した。

心と身体に取り返しのつかない傷を負わせ、自殺に追いこんだ。

あげくに、死ぬのは心が弱いやつだとあざ笑った。周りもみんな加害者を責めず、被害者を笑い者にした。被害者のことを思い、心を痛める者は少なかった。

昔はそんな異常な世界だった。だから破滅した。人間は同じ過ちをくりかえさないために、根本から対策する必要があった。

プライバシーを無くす。それはつまり、他人に知られて困ることを無くすということだ。

まずは恥の概念を変えた。恥は犯罪行為のみとし、それ以外はなんら恥じることのないものとした。

恥じることでないから隠す必要がない。だから誰にでも知られるが、知られても恥ではないから困らない。攻撃する理由にはならない。脅しに使えない。

今の世界は、すべてが公開されている。監視され、記録されている。

企業も個人も隠すことは何もない。企業はその財務内容も取引も技術もすべて公開している。

町のいたるところに監視カメラがあり、衛星その他いろいろな記録技術が発達している。家の中もすべて記録されている。

これは犯罪及び事件、事故を素早く知るためだ。犯罪は常に監視され、記録されている。だから隠すことも言い逃れも出来ず、記録を証拠として犯罪を確定し、犯罪者は隔離され二度と一般社会へは戻れない。再犯も報復も恐れる必要がなくなった。

また事故や急病で倒れた人も、すぐに発見対処できた。生体データも常に記録されているため、異常があれば何か起こる前に発見し、病院へ連れていくこともできた。

人は生体データを元に管理されているため、行方不明者はよほどでなければ出なかった。常に足取りを記録から追い、発見できた。

福祉も充実している。必要な医療や学問は十分受けられた。これは健康でよく学んだ者が社会で働き納める税金でまかなえた。

必要な医療と学問を施すことで労働人口を増やし、その人たちが納める税金は莫大であり、際限なく増大した。

今は昔と違い、より稼ぐことを制限しない。犯罪でない限り制限しない。犯罪は人を不幸にすることで、環境破壊なども含まれる。だから人と環境、他の生物に悪いことはできない。人は世の中によいことや必要なこと、より楽しくなることや幸せになることを仕事とし、稼ぐことができた。

すべてがうまく回っているように見えるがそうではない。この世界ではそれを成し遂げるために必要な切り捨てや見限りを容赦なく行う。犯罪者を永久に隔離し、二度と社会復帰を認めないのはその一例だ。

昔の人々はそれをしないですべてを救おうとして、みんな不幸になり破滅した。だから今は、必要なだけ切り捨てる。

僕は見限られた人間だ。幸せになる努力をしないでうじうじしていた。だからみんなに見限られた。両親にもかまってもらえなかった。

彼女だけが、主だけが僕を見限らずにかまってくれた。僕はそんな主だからこそ、マリオネット契約を結んだんだ。

この世界では、どこで何をしようともすべて監視記録されている。

誰でも見せる。見る。

見たくなければ見ない。無視する。

それがこの世界の生き方。

この世界では、性行為は人前で自由に行ってよい。それを見たい人は見るし、見たくない人は見ない。

これは乱暴や強要の抑止と、性行為を学び教えあう教育を兼ねている。昔のように隠れてするせいでよいやり方を学べずに、間違ったり痛かったり気持ちよくなかったりということはなくなった。

だから主は、今日も町中で、僕の身体を触る。女装した僕の服の隙間から手を入れて胸をもみ、裾から手を入れて男の大事なところをなでる。

多くの通行人が見てる。見られてる。

ああ。や、いやあ。

僕は女性に性行為をしたいと申し込む勇気がなかった。今の世界ではそれを申し込むのはごく普通で、たとえ初対面でも好みの相手がいて、お互いが望めばすぐに性行為をした。

僕はその勇気がなくて今まで性行為をしたことがなかった。だから人前でいやらしく愛撫され、それを見られることを極端に恥ずかしがった。

恥ずかしい気持ちは快感を高める重要な要素だ。だから主は人前で愛撫することを好んだ。

主が耳元でささやく。今日はこのまま出すところをみんなに見てもらおうね、と。

僕は顔が熱くなるのを感じた。

そんな恥ずかしいところを見られるのはいやだ。とてもいやだ。

でも、どうしようもなく興奮している。はじめてだ。はじめて主の手で出させてもらえる。いつも最後は自分の手でさせられていたから、僕はそのすごいであろう快感にすごく期待していた。

主の手の動きが早くなる。うわ。女の人が男を出させようとしたら、こんなふうにするのか。自分の触り方と全然違う。動く速度を頻繁に変え、いろんな指使いをし、手の平までもうねるように動かし、とても複雑な動きをしている。

それに比べて自分で触るときは、とても単調だった。すぐ出るけどそれだけ。気持ちよさが足りなかった。

主の手の動きは全然違う。いろんな気持ちいいところを、いろんな動きで責め立てる。そのため、いろんなところに快感を与えられ、快感の総計がとても高まる。なのに一点に集中していないため、すぐ出てしまうこともない。

すごい。すごい。今までのどんな快感よりも気持ちいい。なのにまだ出ない。まだまだ快感を高められる。女の人の手ってこんなにすごいんだ。

僕はその余りの快感に溺れ、通行人たちに見られていることは考えられなくなった。ただただ快感に身をよじり、歯を食いしばった。

マリオネット契約は、声を出すことも主に促されない動きをすることも禁止されている。だから僕はただただじっと我慢していなければならなかった。

もうとうに、今まで出したときの快感は通り過ぎている。なのにまだ出ない。まだまだ快感を高められる。

この世にこんなに気持ちいいことがあったのか。僕が今まで快感だと思っていたのはまだまだ初歩だった。快感はもっともっと高く深いものなのだ。

主が耳元でささやく。快感の余り何も考えられない僕に聞こえていないかもしれないにもかかわらず話す。

快楽の行き着く先はSMを経て拷問にいたる。しかしそこが鍵。拷問ではなく別の方向へ快感を高める。未知の方向へ快感を向かわせる。

その行き着く先に真の幸福はあると推測する。

そこに行き着くために、もっともっと快感を高める。マリオネット契約では性交は禁止されている。だから愛撫だけでそこへ至る。性交を経ないことで、快楽の行き着く方向を無理矢理変える。

仮定を元に実験する。その結果で正しいかどうかがわかる。それが研究の方法。

僕は主の説明を聞きながら、とうとう腰が抜けそうなほどに快感が高まり、そして。

ああ。あああ。すごい。こんなに。こんなにも! ああああああん。

僕は気絶しそうなほどの快感に汗びっしょりの全身をふるわせ、涙とよだれをぼろぼろこぼしながら考えた。

これ以上の快楽? その行き着く先?

そんなものがあるのか。これ以上なんて。

そして真の幸福。そんなものが本当にあるのか。今まで誰にも見つけられない。そんなものに、僕が行き着くことができるのか。

でも、主となら。僕にこんな快楽を教えてくれた主となら。きっと。もしかしたら。

(完)

posted by 二角レンチ at 20:41| マリオネット契約 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月02日

刺される女(2)刺す女

刺される女(2)刺す女

また客が来た。若い女だ。私は刺された痛みに苦しんでとても疲れている。だから疲れでよどんだ目でじとりと客を見た。

客は二人だ。若い女たち。学生か。制服を着ている。

彼女たちの会話が聞こえる。学校帰りらしい。今日はまだ私を刺したことのない友達を連れてきたようだ。

彼女たちははしゃいでいる。私を刺すのはゲームセンターのゲームをしたり、ボウリングをしたりするようなものだ。みんなやってる、ちょっと金のかかる遊び。頻繁には来れないが、ときどき刺激がほしいときには来れる程度の金額の遊び。

彼女たちの会話が聞こえる。彼女たちにとっては他愛もなく、私にとってはとても残酷な会話が聞こえる。

えー、ほんとに刺すのー。

うん、一気にずぶっといくとね、とっても楽しいよー。なんていうのかな、ホームランを打ったみたいな手応え。

へー。でも、返り血とか汚いんじゃない?

あー、こいつ不死身だからかなー、ナイフ刺しても引き抜かなけりゃ血はほとんど吹き出さないから。だから刺したあとは引き抜いちゃ駄目だよ。刺したままにしてね。

ふーん。それでこいつこんなに何本もナイフ刺さったままなんだー。

うん。ナイフ刺しっぱなしだからだんだん刺すとこなくなってくるでしょー。だから今みたいにたくさん刺さってる時間なら料金が安いのよ。一番最初に刺す人なんて今の何十倍もの金額を払ってるんだよ。

うひゃー。やっぱまっさらな身体に刺すのはそんだけ格別なんだろうねー。

まーね。私たちのお小遣いじゃ、今くらいの料金でないと無理だよねー。

ねーねー。どこ刺してもいいのー?

あ、首から上は駄目だよ。刺したときの顔が見れなくなっちゃうでしょ。おもしろいのよー。刺した瞬間ギャッてものすごい顔するの。もう爆笑。期待しててね。

えー。すごい楽しみー。あはははは。

あはははは。

ああああああああこいつらは!

学校に行ってる奴らはたいていこうだ。人の痛みなんてわかりゃしない。想像力が足りない。どれだけ残酷なことかまるで想像できやしない。

小さい頃は命の尊さや傷つけられる痛みを理解していない。だから虫を潰して楽しむ。

それは人間の持つ本能。命を傷つけ殺すのはとても楽しい。それは誰もが持つ残酷な本能。

でもそれがどれだけ悪いことか。親や先生や大人たちが教える。そして学び理解する。

それが普通なのに。そしてすでに理解しているのに。それでも残酷なことを楽しむのをやめない。

なぜか。こいつらは知っている。残酷なことは楽しいことだと。そしてとても悪いことだと。とてもひどいことだと。

そしてさらに知ってしまった。みんな残酷なことを楽しんでいることを。子供も大人も学校でも会社でもみんな他人を傷つけ楽しんでいることを。いじめ殴り笑いものにし金品をせびりそしてもっともっとひどいことをしていることを。

そしてとうとう知ってしまった。学校も会社も社会のどこでも、加害者を守り被害者を責めていることを。それがまかり通っていることを。

自分たちが被害者にならなければよいことを。みんなと同じ加害者になれば、自分たちは無事でさらに残酷な行為を楽しめることを。

そう。私は社会の縮図。今の社会が私のされることを容認しているのは、それが社会全体のありようだからだ。今の社会はそれを肯定しているからだ。

みんな残酷なことをするのが大好き。人間は残酷なことが大好き。それは本能だからしかたがない。生物はみな、他者を傷つけ殺すことで生き残ってきた。だから本能なのはしかたがない。

しかし人間には心がある。残酷なことが悪いことだとわかる心がある。だから悪いことはいけないとする道徳心がある。

なのに。なのに。

人はみな、欲求がある。残酷なことをして楽しみたい欲求がある。

だからそれをしてもいい状況を欲する。みんなが加害者で、自分たちは被害者ではない。そんな状況を欲する。

それが今のこの状況。みんなが待ち望んだ状況が、今ここにある。

だから誰も異を唱えない。みんな肯定する。私が刺される見せ物にされ、毎日苦しむのをみんなが容認する。

あああ。女がどこを刺すか決めたようだ。笑っている。今までの客と同じように、これから行う残酷さを楽しみにして狂喜に歪んだ笑いだ。

とても醜い。

人間がその残酷な本性を見せるときの笑いはみんな同じように醜い。もし自分の顔を鏡で見たら、そのあまりの醜悪さに恐怖するだろう。

私はもうその反吐が出そうなほど醜い顔を見たくなかったし、これから刺されるナイフも見たくなかった。

怖い。次に来る痛みが心底怖い。

何度刺されても怖すぎる。私は恐怖に息が詰まり、強く目を閉じてぐっと身構えた。

posted by 二角レンチ at 12:51| 刺される女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マリオネット契約(2)主との関係

マリオネット契約(2)主との関係

マリオネットの僕とその主である彼女との関係は、いわゆる幼なじみだ。

幼なじみというのはどの程度の年齢差までで、何歳以下からのつきあいをいうのだろうか。どれだけ親密だった場合だろうか。それはわからない。僕らはそれほど親密だったわけではない。

僕と彼女は家が隣同士で両親同士が仲がよかったため、その子供である僕らも一緒に遊ぶことが多かった。

僕は今の世界には珍しく、とても後ろ向きで引っ込み思案、人見知りでおどおどしていた。

そんな僕は、彼女にいつもからかわれていた。どうして楽しくないの、頑張らないの、幸せになりたくないのと。

今の世界は理想世界と呼ばれている。誰もが幸福になる努力をし、それがむくわれる世界。不幸を排除し、他人を不幸にすることが罪とされている。

たとえ子供でも、度の過ぎたからかいやいじめは許されない。昔ならその程度は子供のすることだからと許容されていた。しかし今は、それを放置すればひどく傷つき苦しむ子供が少なからず存在し、不幸になることが証明されている。

だから犯罪となる。たとえ子供でも他人を不幸にするなら犯罪者だ。犯罪は他人の幸福を妨げ、他人を不幸にすることと定義されている。犯罪者は刑が確定すれば隔離され、二度と一般社会へは戻れない。

人が人を傷つけ傷つけられるのは成長に必要なことだ。痛みを知ることでその苦しみと、それをしてはいけないことを身を持って知る。

しかし度が過ぎたものは他人を不幸にし、取り返しがつかない。だから昔に比べ、度が過ぎた者には断固とした刑が処せられる。昔のように犯罪を大目にみて学校や会社ぐるみでもみ消そうということはない。

少し脱線し過ぎた。これについてはまた語る機会があるかもしれない。とにかく言いたかったのは、子供でも度のすぎたからかいはできないということだ。

だから彼女は子供のころから一貫して、僕を馬鹿にするのではなく、僕がどうして駄目なままで我慢するのか、どうして幸せになろうとしないのかということを深刻にならないようにからかいぎみで言い続けてきた。

彼女は僕を心配してくれた唯一の女性だ。誰もが幸せになれるこの世界において、幸せになる努力をしないのは愚か者だ。昔と違い、幸せを妨げる要素を徹底的に排除したこの世界では、努力すればそれに応じて幸せになれた。そんな恵まれた環境において、努力せずに不幸でい続ける僕を彼女だけが心配してくれた。

幸せになる努力をしない者は軽蔑される。どんな状況でもできる努力はあるし、その分だけ幸せになれる。だから努力しない者は軽蔑される。

しかし軽蔑したからといって、罵ったり迫害したりすれば罪になる。犯罪者になってまで迫害する者はいない。

他人を傷つけるのは楽しい。それが人間だ。しかしそんな楽しさは、幸せになれない人間がするものだ。なぜなら幸せな人間は、そんなちっぽけな楽しさよりもはるかに楽しい幸せを手にしているからだ。

この理想世界では、他人を傷つけるのはごくちっぽけな楽しさでしかないことをみんな知っている。本当の幸せは、そんな取るに足らない楽しさとは比べ物にならないほど楽しい。

だから幸せになるのを妨げないことで、他人を不幸にすることをしなくなるようし向けた。他人を不幸にするのは割にあわないようにした。犯罪者になって隔離され、今の幸福を永久に失うのは割に合わなさすぎる。だから誰もが他人を不幸にすることをしない。

では気にいらない奴がいたらどうするか。無視する。迫害し、傷つけるのは犯罪だ。罵ったり、悪口を言ったり、馬鹿にしたり、見下したりするのも犯罪だ。そんなちっぽけな憂さ晴らしで今の幸せな人生を手放すなんて割にあわない。

無視は犯罪ではない。昔は無視というのは人をとても傷つける行為だった。今は違う。他人を傷つけるためではなく、自分が不幸にならないために無視する。気に入らない奴を攻撃するかわりに無視してやりすごす。そんな奴にほんのわずかでも関わって人生を無駄にする暇はない。みんな幸福になるのに忙しいのだ。

だから僕は、みんなに無視されてきた。誰にも相手にされなかった。幸せになる努力をしない怠け者をかまってくれる人はいなかった。両親さえも僕をあまりかまってくれなかった。僕を捨てずに育ててくれたが、特別愛情をかけてはくれなかった。

ちなみにこの理想世界では、親は自由に子を捨てられるし、子は親を自由に捨てられる。厳密には捨てるという行為自体が存在しない。人は誰とでも好きなだけ深く関わり、好きなだけ浅く関わる。誰とでも縁を結び、切れる。関わりたくなくなったら、無視してよい。それらは権利として認められている。

だから僕の主である彼女が、僕と長年関わろうとしてくれたのはとてもありがたいことなのだ。感謝してもしきれない。

そんな彼女に対して、僕はうじうじと泣き言と言い訳ばかりして、ちっとも幸せになる努力をしなかった。

彼女はとうとうあきれはて、それでも僕を見捨てなかった。

だから彼女は僕にもちかけた。私とマリオネット契約を結ばないかと。どうしても自分で幸せになる努力ができないなら、他人に身を委ねて幸せになろうという契約、マリオネット契約を結ぼうと。

もちろん強制ではない。彼女はこの契約を結ばないなら、もう愛想を尽かして僕との関わりをやめることをほのめかしていた。昔ならそれは脅迫に等しいのだろうが、この世界では違う。彼女が僕と関わるかどうかは彼女の自由であり権利だ。関わりをやめるのはごく当たり前に行われている行為だ。

マリオネット契約は僕が十八歳の誕生日から二十歳の誕生日を迎えるまでの二年間。その後は主とマリオネットは別れ、二度と会えない契約。

僕は彼女と、二年で縁が切れるか今すぐ縁を切るかの選択を迫られた。

僕は努力するのがいやでいやで、でも幸せにはなりたかった。彼女のことが好きではなかったが、嫌いではなかった。きっともっとやさしくしてもらえたり、触れてもらえたりしたらすぐに好きになるだろう。

なにより僕は、僕に唯一かまってくれる彼女を失いたくなかった。ひとりぼっちになりたくなかった。だから僕は迷うことなく選択した。

僕は十八歳の誕生日に、年上の彼女とマリオネット契約を結んだ。

posted by 二角レンチ at 12:27| マリオネット契約 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月26日

刺される女(1)刺す男

刺される女(1)刺す男

私は不死身の女。刺される女。

私は怪我をしても死なない。傷は一晩寝れば朝にはすっかりきれいに治っている。

だから不死身。不死身の女。

私は病気にかからない。だから不死身。

私は痛みで気絶しない。ショック死しない。失血死しない。だから不死身。

だから刺される。

客にナイフで刺される見せ物にされている。

普通、こういう見せ物はサーカスなんかでやるものだ。

おおっぴらではない閉鎖された場所で、特異な雰囲気で、怪しげにやるものだ。

なぜならおぞましいことだから。奇妙奇怪変異怪物。そういう生き物を虐待して見せ物にしているからだ。

客はそれがおぞましいことを知っている。だから表通りでおおっぴらにはしない。そんな邪悪で残酷な一面を人には見せられないから。

だからテントの中で、残酷な見せ物をみんなが楽しんでいる特殊な空気の中で自分も楽しむ。みんなやっているから自分もやっていい。それがどれだけ邪悪なことでも。

そう。だからおおっぴらにはしない。残酷な見せ物はおおっぴらにはしない。

なのに。考えられるだろうか。

私という不死身の女を客がナイフで刺す。そんな残酷な見せ物が町の広場で行われているということが。

あろうことか、この町の観光名所として私を一刺ししようと世界中から人が訪れるということが。

ありえない。人がそんな残酷な見せ物をおおっぴらに行うことがありえない。警察も政府もどの国もどの人も何も文句を言わない。受け入れている。楽しんでいる。絶賛している。

そんなありえないことが、それでも現実。私の現実。

私は今日も、多くの人にナイフで刺される苦痛と恐怖に耐えなければならない。

私は町の中心にある広場の真ん中で、大きな柱に鎖で手足をつながれている。

つなぎ方や服装は日によって変わることもあるが、たいていは手足をある程度動かせる程度の長さの鎖で柱につながれ、服は色気のない白の下着だけだ。

私は不死身で病気にならない。冬でも下着だけで風邪をひくことはない。だから年中こんな格好だ。

はじめの頃はいろんな服装をしていた。でもどうせすぐ血塗れになることと、服が邪魔で刺しにくいというだけの理由で下着だけになった。

じゃあ裸にしないのはなぜか。

子供の教育に悪いから。

考えられるか? 女の裸は教育に悪い。でも不死身の女をナイフで刺すのは教育に悪くない。

おかしい。異常だ。歪んでいる。間違っている。

私は人間だ。怪我で死なず、一晩寝れば怪我は治る。

それでも人間だ。痛みも苦しみも感情もある人間だ。なのに不死身だから、死なないから、治るから。だから刺しても悪くない。刺されると死ぬ人間たちは、そんな理屈で私を刺すことを正当化し、娯楽とした。

あまりにもひどい。

人間は、少しでも異質な者を迫害する。他人を傷つけ苦しめることを楽しみたい人間たちは、何らかの理由があれば自分を正当化できる。不死身だなんて、迫害するには十分すぎる。

どうしてここまで残酷になれるのだろう。私だって刺されると痛い。他の人間と同じように痛いのに。

ああ。客が来た。大人の男。がっしりとした男。きっと力いっぱい私を刺すのだろうな。

今日の最初の客だ。最初の客は一番高い金を払っている。まったくナイフのささっていない、まっさらな身体のどこでも刺せる。その権利に高い金を払う。

男は私の身体を隅々までじっくり眺める。私は若い女だ。それが下着だけで目の前にいる。

男ならじろじろ見る。いやらしい目で見る。それが当然。

でも違う。

男はそんないやらしい感情はまったく持っていない。私は性欲の対象にはならない。

なぜなら。自分たちと同じ人間とは思っていないから。

同じ人間なら、ナイフで刺すなんてひどいことはできやしない。

そう。

この男は、いや客の誰もが、私を同じ人間だとは思っていない。

不死身の怪物だと思っている。

人の姿をした化け物だと思っている。

私は人間なのに。同じ人間なのに。

なんてひどいことを考えるのだろう。

そして今から、なんてひどいことをするんだろう。

この男、いや客のすべては、私を刺すのをゲームや遊びだと思っている。

動物虐待は悪いことだと思いながら、狩りや釣りは楽しむ。それが人間。

人を刺すのは悪いことだと思いながら、不死身の女を刺すのは楽しむ。それが人間。

男が刺す場所を決めたようだ。ナイフを逆手に握りしめ、大きく振りかざす。

何度刺されても慣れない。慣れることはない。その一刺しに毎回怯え、泣き、痛み、苦しむ。

すごく痛い。すごく怖い。

人間なら、ちょっと考えればわかるだろう。それがどれほど辛いことか。

わかるだろう。わかるはずだ。なのになんで。笑っているんだ。

男は口が裂けんばかりに歪んだ笑いを浮かべながら、ナイフを勢いよく振り下ろした。

私はその瞬間、恐怖で震える歯をぐっと噛みしめ、涙がこぼれて止まらない目をぎゅっと閉じて、すぐに訪れる鋭く耐えがたい痛みに備えた。

posted by 二角レンチ at 20:52| 刺される女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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